知ると面白い 英国軍史 シーハリアー 女王陛下の不思議な軍隊はそれでも負けない

知ると面白い 英国軍史 シーハリアー 女王陛下の不思議な軍隊はそれでも負けない

長年、先進国の主力戦闘機として活躍してきたのはロッキードF-16という戦闘機でした。F-16は軽量・パワフルで扱いやすく後継機が登場しても世代交代したがらない空軍が多く、今でも各国で現役です。とはいえ1978年のデビューですので、もう40年以上経っており、お膝元のアメリカでは遂にF35という後継機に入れ替えをする事になりました。

すると英国空軍が「うちもF35を入れる」と言い出したのです。英国はヨーロッパであり、ユーロ圏共通仕様のユーロファイター・タイフーンという戦闘機が主力機で、それは今後も変わりません。ではなぜ英国はF35を導入すると言い出したのでしょうか?

それはF35にはA型、B型、C型の3タイプがありB型がいわゆるV-TOL機だったからです。V-TOL機とは滑走路を使わずにヘリコプターのように垂直離発着が出来る飛行機の事でV-TOL機の元祖であるシーハリアーを開発したのは英国空軍です。ですが現在では英国空軍でもシーハリアーは運用を終了しておりV-TOL機は持っていません。ならば、元祖でもあるんだから自分で開発すればいいだろう、と思ってしまいますが、そうもいかない事情もあったのです。欲しいけれど、ちょっとなぁ、困ったなぁと言った所でしょうか。

そこへF35が登場したので飛びついた、というのが実情だったのです。でもV-TOL機がなぜ、そんなに欲しいの? 何の役にたつの? という事は案外に知られていません。 それを最も良く知っているのは英国空軍と米国空軍なのです。英国軍あれやこれや記の最後は史上最強のじゃじゃ馬戦闘機シー・ハリアー物語です。

そもそもの発端

第二次世界大戦も連合軍側の勝利に終わり英国も一息ついていた頃の事です。

二次大戦前までは海軍に拘っていた御老人方も、今や制空権を握る事が勝利への必須条件である事をしっかりと認識しました。もし、また戦争が始まったら、何が何でも制空権を取りに行く事。それにはどうすれば良いのか?すると空軍参謀はいとも簡単に答えました。「相手の空港の滑走路を破壊してしまえばいいんですよ。そうすれば飛べなくなりますでしょ?」それはそうです。実際、二次大戦でもドイツ空軍が英国空軍の空港を破壊する事にやっきになっていたのは、そのためだったのですから。すると一人が参謀に問い返しました。「でも、こちらの滑走路を先に破壊されてしまったら?」参謀は答えに窮しました。

すると別の一人が言いました。「滑走路を必要としない戦闘機って作れないのですか? それがあれば大丈夫でしょ?」それはそうですが、そんなの作れるのでしょうか? 

ホーカーシドレー社にて

当時、英国空軍の飛行機を作っていたのはホーカー・シドレーという会社でした。(現在のBAE)参謀はホーカーシドレーのエンジニア、シドニー・カム技師長に相談を持ちかけて見たところ「出来なくは無いかも」という答えでした。技師長曰く「ジェット戦闘機が飛ぶのは前進力があるからです。その前進力を後方と下方に切り替え可能にすれば前進力は浮力に変わり垂直に浮くだろうと思いますよ。けど、それは理論上の話で実際はどうかなぁ」

こればかりは実験してみないと分かりません。しかし実験機を一機作るだけでも数百億円かかります。それだけの予算を実現可能かどうかも分からない物に投入するのは、どう考えても無理でした。しかしシドニー・カム技師長は「案外に面白いかも」と独自に研究をしてみる事にしました。

フランスの某所にて

フランスの航空技術者であるミシェル・ウィボーは、エンジンの推力方向を切替する手法を研究していました。つまり「垂直離発着できる戦闘機」を作れないかと研究していたのです。同じ事を思いつく人っているんですね。ミシェル・ウィボーは排気ノズルを回転させて垂直離着陸を行う戦闘機の試作を提案しましたがフランス空軍は「却下」しました。金がかかる割りにメリットがはっきりしなかったからです。しかし、この提案に興味を持った英国のブリストル社のスタンリー・フッカー技師は「面白いな」と考え独自にエンジンを設計して見る事にしました。そして設計してみたのがBE48エンジンとBE53エンジンの2種でした。それを知ったシドニー・カム技師長は早速、その設計図を見せてもらいました。

両社合同開発へ

フッカー技師の設計したエンジンに若干の修正を行えば、いけるんじゃないか、と言う事になりエンジンはブリストル社、機体はホーカー・シドレー社という分担で開発してみよう、という気にはなったのですが、試作機作成には数百億円かかります。どう考えても英国空軍にそんな予算は取れそうもないので、予算面で行き詰まってしまった所へホーカー・シドレー社の幹部から「NATO軍の次期後継機をうちで取りたいから新機種を考えてくれ」という話がやってきました。シドニー・カム技師長は「はい!」と2つ返事で引き受けました。それなら会社のお金で試作機が作れるからです。

NASAへ

実はV-TOL機について豊富な経験を持つ機関がありました。それはアメリカ航空宇宙局NASAです。元々、ロケットというのは縦に打ち上げる物で「垂直方向に推力を使う」のは「いつもの事」な訳です。ですので、ロケットではなくジェットエンジンを縦にして浮遊させるV-TOL機の試作も長年やっていたのです。シドニー・カム技師長はNASAに行き共同研究を持ちかけた所、「大歓迎」という答えでした。NASAはロケットはお手の物でしたが飛行機は、本来業務では無いので分からない事が多く、行き詰まっていたのです。フッカー技師も参加してNASAで共同研究が始まり、お互いの知識を出し合う事により、いよいよ本格的な物が出来そうな雰囲気になってきました。

慌てて英国政府も参加へ

ホーカー・シドレー社からV-TOL機の話を聞いた英国空軍は慌てました。まさか、そんな展開になっているとは全然知らなかったからです。しかもNASAも協力しており、もうすぐ実験機第一号が出来そうで次期NATO軍後継機として売り込む予定という話を聞き、更に慌てました。せっかく英国が作った物をNATO軍なんぞに持ってかれたらたまりません。

慌てて政府に働きかけ予算の獲得を要請し了承を取る事に成功し正式にホーカー・シドレー社にV-TOL機の開発依頼がやって来ました。そして1969年11月、試作第一号機であるP1127が初のホバリング(空中浮遊)に成功しました。

その後、ホバリング状態から飛行体勢へ転じ上昇&降下にも成功。降下時にはマッハ1を超えました。NATO諸国も強い関心を寄せ始め各国から「実用化に成功したら買いたい」という問い合わせがホーカー・シドレー社に相次ぎました。

一転して開発縮小へ

1964年に英国総選挙があり労働党が勝利。ハロルド・ウィルソン政権が誕生しました。するとハロルド首相は軍事費の大幅削減を実施し、せっかく「あと一歩」という所まで来ていたV-TOL機も「開発縮小」となってしまいました。それを聞いたNATO諸国も「なんだ、中止かい」といって興味を失ってくれました。今にして思えばなんという幸運かと思います。もし、そのまま順調に行っていたらNATO諸国がシーハリアーを所有する事になっていたかも知れないのです。

ですが、この軍事予算縮小でNATO諸国が興味を失ってくれたおかげで、シーハリアーは英国空軍だけが所有する事になり、その圧倒的なアドバンテージを独占する事になるからです。

ハリアーGR1の誕生と運用開始

ホーカー・シドレー社から初の実用V-TOL機 ハリアーGR1 60機が英国空軍に納入されました。ハリアーというのはチュウヒと呼ばれる鳥の英名で鳥類の中で唯一、ホバリングが出来る鳥だったので、この名前が付けられたのです。運用開始にあたって、当然、戦闘機パイロットもハリアー用の訓練を受ける事になったのですが、これはパイロットにとって拷問に近いくらいの訓練となりました。なぜならハリアーは左右のジェットノズルを回転させる事により上昇、飛行、着陸をするので、これまのでジェット機と違いノズル操作という操作が加わります。そしてノズル操作は30個のボタンをブラインドタッチする事により行う必要が有ったからです。30個のボタンといったらパソコンのキーボードと同じ位の数です。それをいきなりブラインドタッチしろ(見ないで押せ)というのです。

しかも間違って押したら一機40億円のハリアーが墜落してしまうのです。パイロットにしてみたら、こんな恐ろしい事はありません。後年の事ですがハリアーの熟練パイロットが航空ショーでハリアーをホバリングさせていた時に「そろそろ動こうかな」と思ってボタンを押そうと指をパネルに持っていたら誤って小指が別のボタンに触れてしまい次の瞬間にハリアーは「アヘッ」という感じで真横になってしまい海の中に横向きに墜落してしまったのです。実際、この運用開始訓練の段階で早くも数機のハリアーが墜落しています。

累計するとハリアーは実戦で落とされた数より訓練でぶっ壊した数の方が遥かに多くハリアーのパイロット養成は並大抵の物ではなかったそうです。しかし、なんとか操縦できるパイロットが揃い、いよいよ実戦配備される事になりました。

特にドイツの英領に重点的に分散配備されました。まだ冷戦中だった当時、ドイツ(西ドイツ)は冷戦の最前線であり、一朝、事あれば西ドイツからであろう事は明白だったからです。ハリアーは空港を必要とせず空き地であれば配備できたので、万一の場合の最前線の守りとして戦闘機が常駐してくれる事はNATO軍にとっては非常に心強い事でした。しかし、この時点でハリアーの秘めたポテンシャルに気付いている人は、まだ誰もいませんでした。

S中佐の疑問と実験

アメリカ空軍のS中佐はハリアーというV-TOL機が運用開始された事に非常に興味を持っていました。そして素朴な疑問を抱きました。「もし通常飛行中にノズルを縦にしたらどうなるんだろう?」S中佐は、わざわざ、この疑問を解決するために英国までやってきてハリアーの訓練を受け試乗させてもらう事になりました。そして飛行中に、思い切ってノズルボタンを押しノズルを横から縦に切り替えました。いざとなったら脱出ボタンを押す覚悟です。すると予想通りの事が起こりました。その瞬間、ハリアーは水平飛行から一転して垂直に飛び上がったのです。この瞬間、S中佐は確信しました。「これは史上最強の戦闘機だ!」

史上最強の戦闘機

戦闘機同士の争いをドッグファイトと言い、武器は機銃とサイドワインダーというミサイルの2つです。そして機銃もサイドワインダーも前にしか撃てません。つまりドッグファイトというのは「いかにして敵機の後ろに回りこむか」という勝負で後ろに回りこんでロックオンして撃てば勝ち、なのです。サイドワインダーの速度はマッハ1.2~1.5と相当に早いので、逃げ切れる物ではありません。つまりロックオンして撃たれたら負け決定なのです。

しかしハリアーはロックオンされてサイドワインダーを撃たれても「瞬間的に上に逃げる」という手があるのです。しかも上に逃げれば、その間に敵機は下を通っていきますのでハリアーの前に出ざるをえなくなります。後はハリアーがロックオンして撃てば楽勝、という訳です。S中佐は帰国するとすぐに報告をし、報告を受けた米国空軍はホーカー・シドレー社から生産ライセンスを購入しボーイング社に同じ物を生産させます。こちらはAV-8Bハリアーと呼ばれます。

S中佐の「発見」とその後

生産して配備も終わってから気づくというのも変な話ですが、本当に誰も気づかなかったのです。本来は離発着の際に滑走路が無くても済む戦闘機、というポリシーで、まさか飛行中にノズル角度を変えるなど誰も想定していませんでした。しかし、そうと分かれば戦い方も変わってきます。しかし正直な話、時速800km/hで飛行中に急上昇に転ずるのは相当な勇気が必要で、しかも非常に強いGがかかりますので、三半規管の弱い人は失神してしまいます。しかし戦闘機乗りにとっては、それ位のGは覚悟していれば耐えられる物でしたので、ハリアーのパイロットは飛行中にノズル角度を変える訓練を行いました。これまた拷問に近い訓練だったそうです。この訓練中にも数機のハリアーが墜落しています。

しかしハリアー同士の空中戦というのを訓練でやってみると凄まじい物で地上で見ている人にとっては前後が激しく入れ替わるので、どっちがどっちか分からなくなる位の物だったそうです。しかし幸いな事にハリアー同士の空中戦というのは、これまでに実戦で行われた事はありません。

フォークランド紛争の発生

南米のアルゼンチンの大西洋側にフォークランド諸島というのがあり英領でした。しかしアルゼンチンは以前からフォークランドはアルゼンチンの領土だと主張し続けており英国と揉めていました。そして1982年4月、アルゼンチンはフォークランド諸島に侵攻し領有を宣言しました。当然、英国はそんな事を許すはずがありません。時の首相「鉄の女」サッチャー首相は奪還を目的に派兵を決定します。ハリアーも初の実戦投入という事で20機が2隻の空母に分けられて出動します。アルゼンチンはミラージュIII、ダガーというマッハ2を超える超音速戦闘機を40機、その他の戦闘機も合わせると60機以上を保有しておりマッハ0.9までしか出せないハリアー20機で大丈夫かどうか懸念されましたが、空中戦におけるハリアーの優位は絶対的な物があり、しかも米国から提供された全方位型サイドワインダーAIM-9Lはハリアーの機動性とあいまって絶大な威力を見せました。その結果、遂に一機も失う事なくアルゼンチン空軍を撃破します。損失を恐れたアルゼンチンはミラージュⅢなどの戦闘機を本土防衛のために全て引き返すよう命じる結果となり、以後、アルゼンチン側の戦闘機はハリアーとの空中戦を避けフォークランドから姿を消します。空からの援護が無くなったアルゼンチン軍は次第に追い詰められ、ついに降参しフォークランド紛争は英国の勝利で幕を閉じます。フォークランド紛争で英国を勝利に導いたのはハリアーが制空権を奪ったからなのです。もし、これがF16だったら、そう簡単に制空権を奪う事は出来なかったでしょう。英国軍は空母が少ないのです。

空中戦をやらせたら勝てる戦闘機は無い、とまで言われた最強戦闘機シーハリアーですが、そのあまりの操縦の難しさに、その後も訓練中の事故が絶えず一機40億円と普通の戦闘機の2倍のお値段の機体が次々と墜落していきます。何しろボタン1つ押し間違えただけで墜落してしまうのです。また巡航ミサイルや無人遠隔操作機、などの兵器の進歩により戦闘機同士のドッグファイトというのは実戦では今後、あまり無いだろうとも予想された結果、遂に英国空軍はシーハリアーの運用を終了させます。しかしV-TOL機の需要は別の所にもあるので、今後ともF35-B型のような形で残り続けると考えられます。しかし世界初の実用V-TOL機、シーハリアーは実戦での記録こそ少なかったですが、そのユニーク性となんとも英国らしい、じゃじゃ馬ぶりで今後も航空機ファンを引きつけてやまないでしょう。アメリカではハリアーを「自家用機」として保有し飛んでいるマニアもいるそうです。

なおF35-B型は安全性を考慮しV-TOL体制へのノズル角度の調整は全てコンピュータ制御でハリアーのような30個のボタンをブラインドタッチ等という英国的なやり方は最初から「論外」だったそうです。

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