知ると面白い 日本ではなぜ災害時に略奪が起きないの?

知ると面白い 日本ではなぜ災害時に略奪が起きないの?

アメリカでは災害やデモによる騒乱の時にお店に押し入って商品を奪っていく人が相当います。ところが日本では阪神大震災や東北大震災の時でも、そういった略奪行為は発生しませんでした。アメリカのニュースで「日本で大きさな災害が起きた」という報道が流れた時、ニュースキャスターや司会者が一様に感心するのは、そういった略奪行為を行う人がいない事だったりします。なぜ日本人はそういった行為を行わないのでしょうか?

必ずしも社会道徳が完璧な訳では無い

何故、災害現場で略奪をしないのか? と聞くと大抵の人は「そりゃ犯罪だろ? まして災害現場では沢山の人が苦しい思いをしていて、それを助けようと頑張っている人達もいるんだ。そんな所で、そんな事が許される訳がないだろう。そんなのは当たり前だろうが」と言われてしまいます。その一方、職場ではパワハラやセクハラなどが平気で行われていたりもしますし、学校ではいじめが有るのが当たり前だったりもするのです。小さな道で車が来なければ赤信号を無視して横断する歩行者はいますが、車の運転者は例え小さな道で歩行者がいなくても赤信号であれば必ず止まります。つまり日本人は社会道徳が徹底しているという訳では無いのに妙に「忠実な所は徹底的に忠実」なのです。これは一体、どういう事なのでしょうか?

戦国時代の話

話はぐっと過去に遡って戦国時代を見てみます。当時はあちこちで小競り合いや戦(いくさ)が行われていました。しかしそれは地域を支配している支配者の間で行われていた事で農民にはあまり関係が無い事でした。戦国時代に農村が大きな被害を受けたという事はほとんどありません。農村に被害を与えた所で何ら利益はないからです。しかし当時の農民達は「落ち武者狩り」といって戦の負け組の兵士や武将を襲って金目の物を奪っていました。明智光秀もこの「落ち武者狩り」で命を落としたと言われています。また戦が終わると翌日には近辺の農民達が転がっている死体から金目の物を奪っていくのは日常茶飯事だったそうです。

江戸時代になって

戦国時代が終わり徳川家の支配する江戸時代が始まる時、徳川家康は徳川家の治世をいかに長く安全に保たせるか。そのためにはどうすれば良いのか? を参謀長である本多正信とともに慎重に、現実的に考えました。その結果以下の2つが徳川家の治世を乱す元になる可能性が有る、という結論に達したのです。

  1. 各地域を支配している領主の反乱
  2. 一般庶民による反乱

家康は長篠の合戦で織田信長が西洋からもたらされた新しい武器である鉄砲を使い最強と言われた武田信玄を打ち破った事を覚えていましたので、まず西洋から新しい武器や知識が入ってきて諸藩の武力が増大する事を防ぐために鎖国をする事に決めました。そして西洋との貿易が必ず「宣教師の来日」から始まる事を知っていたのでキリスト教を禁止し外国人の来日も長崎の出島だけと制限をかける事にしました。この考え方は2代秀忠、3代家光にも引き継がれ諸藩の武力、財政力をそぐために色々な制度、義務を次々に課していったのは知られている所です。これで1の問題が発生する懸念は無くなりました。

次の問題は2で、これは1と違い対象となる人数があまりにも多く監視の目も行き届きません。そこで家康は儒教を普及させ一般庶民を精神的に支配する手法を取りました。戦国時代には下克上という言葉が表す通り、目上の者を打ち倒すのは力関係の問題であり弱ければ負けるのが当然で、そこに善悪という考え方は有りませんでした。明智光秀が「逆賊」とみなされるのは江戸時代に儒教が普及し始めてからの事なのです。

儒教はそれまで仏教の中にあり「一般的な礼儀作法を定めた物」という位置づけだったのですが、家康は儒教を仏教から独立させ「一つの思想」として一般庶民に普及させたのです。具体的な作業は林羅山に任せました。「君に忠、親に孝」という価値観は儒教の物です。そして、更にそれを徹底させるために身分制度をはっきりと定めました。よく「士農工商」と言われますが、これはあくまで建前で実際には「武士とそうでない者」の違いをはっきりさせたのです。帯刀は武士だけに許され一般庶民には許されませんでした。そして武士には「無礼をはたらいた一般庶民を殺しても良い」という「切り捨て御免」という特権を与えました。TVドラマの時代劇では分かりにくいですが江戸時代に書かれた戯作本等を読むと、一般庶民がいかに武士を恐れていたかが、よく分かります。滝亭鯉丈の八笑人という戯作本は今、読んで面白い戯作本ですが、その中で主人公が誤って武士に無礼な事をしてしまい、土下座してひれ伏して泣きながら謝る場面があります。それでも怒った武士は許さず、切り捨てようとしますが、思いがけない展開で主人公は救われるのです。これは物語だから救われたので実際に「切り捨て御免」で殺された人達は多かったようです。

「目上の人に逆らってはいけない」「お上に逆らってはいけない」という価値観はこうして300年も続く江戸時代に人々の中に浸透していったのです。そして「五人組」という、誰かが犯罪を犯したら、その組全員が処罰されるという連帯責任制度も設けられ、これはお互いを監視する役割と「他人に迷惑をかけてはいけない」という価値観を人々の中に植え付ける事になりました。

家康は締め付けるだけではなく「少額であれば博打も良かろう。但し、それを職業としてはならぬ。祭りをするも良かろう。楽しむ時は楽しめば良い」と言ってアメとムチを使い分けています。しかし、それでも一般庶民が武士との階級差に不満を持たぬように、エタ、非人という一般庶民より下の階級を設けて不満のガス抜き効果的役割を果たす階級も用意しておきました。これが後の部落差別問題につながるのですが、それは明治時代以降の話です。

そして現代

「他人に迷惑をかけてはいけない」「目上の人に逆らってはいけない」「お上に逆らってはいけない」という価値観は江戸時代が終わり明治、大正、昭和になっても、それに代わる価値観は現れず、むしろ社会の秩序を守るには都合が良い物であったので、「社会常識」として定着し続けたと思われます。日本ほど役人がえらそうな顔をしている国は無いのです。ですので、能力のある人達は官僚を目指し、次には議員を目指します。それほどでもない人でも公務員は「民間人とは違う」という顔をしています。つまり「お上」の側に回った方が日本の社会では有利な事を本能的に感じ取っているのです。

ずーっと同じ価値観を300年間も守らされたら、誰だって骨の髄まで染みこんでしまいます。そう生きるのが正しいと親や周囲の人達から教え込まれ続けるのですから。モラルという点から見たら「非常に好ましい」事は間違いありません。ならば、それで良いではないか、と思ってしまいますが、もし、お上が「お国の為に戦って来い」と言ったらどうなるのでしょう?実際にそれが80年前に行われたのです。その結果は皆さん、ご存じの通りです。物事には必ず長所と短所があるので、致し方無い事ですが、少なくとも「そういう短所もある」という事を知っておく事は無駄ではないでしょう。

それぞれの民族はそれぞれの文化、価値観を持っています。そして日本という国は徳川家康と本田正信という稀代の策士によって考えられた統治政策により生み出された価値観に今でも支配されているのかもしれません。しかし幸いな事に、その目的は「平和を守る事」であったので日本は今でも世界の中で「最も平和な国」として存在できているのかもしれません。本田正信は「百姓は生かさず殺さずが良きそうろう」と家康に進言した人物であり、一見、ひどい言葉に聞こえるこの言葉には人間の本質を知り尽くした人物の究極の知恵が込められているのかもしれません。少なくとも本田正信が「百姓」と呼んだのは「農業をしている人」ではなく「税金を払う人」であった事だけは間違いないのですがなぜ、そうした方が平和を保てるのか? は考えてみる価値がありそうです。

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