【人生の難問】幸せとは何か?

【人生の難問】幸せとは何か?

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よくドラマなどを見ていると、やさぐれ親父が自分の娘に「お前にはだけは幸せになってもらいたい」などと言っていることがあります。また「世界幸福度ランキング」というのがあり、2021年はフィンランドが4年連続、第一位だそうです。一方、日本は、というと56位でなんとメキシコ(36位)、ジャマイカ(37位)より下、という事になっています。ならばメキシコに移住しようか、という方は止めておいた方が良いです。現在のメキシコは南米で作られたアメリカ向けコカインの集積地で麻薬組織が沢山ありメキシコの警察は朝のパトロールにはパトカーの後ろに小型トラックを連れて行くのですから。朝のパトロールでは、あちこちに死体が転がっており、小型トラックはその死体を回収するために連れて行くのです。ただの銃殺死体だけでなく、中には手足を全て切断された、明らかに凄惨な拷問をくわえられた物もあるそうで、男性のも女性のもあるそうです。

またメキシコの刑務所はとっくに満杯状態で、今や完全に受刑者の取り仕切る場所となっており、中では色々な店もやっているそうです。メキシコで逮捕された中国人三人が刑務所に入れられたところ、中華料理の店が無いので三人で始めたところ大繁盛だそうで、刑務所の外からも人が来る(つまり出入り自由)ようになったそうです。

またレゲエが大好きでボブ・マーレーに憧れジャマイカに行った、ある日本人女性は着いた日にホテルの近くで買い物をしようと出かけたところ、いきなり屈強な男性2人組に両腕を捕まれ、危うくさらわされそうになったのを、なんとか振り切って逃げ出し、その日のうちに日本に逃げ帰ってきたそうです。またジャマイカではイヤリングをして街を歩く事は絶対に止めた方が良さそうです。なぜなら「引きちぎって逃げる、かっぱらい」が多く、もし、耳に穴を開けて通すタイプのイヤリングだと耳が引きちぎられ、大けがをする可能性があるからです。

一体、どういう基準で選んでいるのか知りませんが、「世界幸福度ランキング」はあまり信用しないほうがいいのかもしれません。

幸福とは

それはそれとして、さて、そもそも「幸福」とはなんでしょうか?

どういう状態であれば、あなたは「自分は幸福である」と感じられるのでしょうか?

この答はまさに人それぞれでしょう。「好きな彼女と結婚できた時」「欲しかったフェラーリが買えた時」「宝くじで5億円当たった時」「目標としていた事を遂に達成した時」などなど。さて、では面倒なので、それら全てが実現したとしましょう。それで、あなたは「幸福な人生を味わう」ことができるのでしょうか? 確かに、それらを手に入れた瞬間は「とても嬉しい」でしょう。しかし時間が経つと、段々とそれらの幸福感は薄らいで行きます。べた惚れだった彼女も結婚すれば素顔が見えてきますので、あれ? と思うこともあるでしょう。また時間の経過は人間に歳を取らせ若い時の魅力は段々と失われていきます。また、そもそも男は女性は神格化しすぎる傾向があるので、結婚という現実生活の中では彼女の「想像もしなかった素顔」に幻滅することもあるでしょう。

またフェラーリに乗っていれば目立ちますので、暴走族のかっこうの餌食です。また走り屋連中から目を付けられることも多くなります。間違っても週末の夜の湾岸高速や首都高速を走ってはいけません。からまれること必定だからです。また宝くじの高額当選者の半数は数年以内に自己破産している、という事実を御存じでしょうか? そのため、宝くじの発売元のみずほ銀行では高額当選者に大して「これからの暮らし方マニュアル」というのを配布しているのですが、あまり効果はみられず、相変わらず数年後に自己破産する人の数は減らないようです。

人は誰でも欲望を持っています。その欲望が満たされた時は「きっと幸せになれるだろう」と考えます。しかし実際にその欲望が満たされても味わえる幸福感は「本当に束の間の幸福感」でしかないようです。そして「何かを得れば何かを失う」という基本原則があり、あなたが幸福になれると思って何かを手に入れると、その一方で「何か」を失っているのです。何を失っているのかが、分かる場合も分からない場合もあるでしょう。ですが、その失った何かはボディブローのようにあなたの人生を揺さぶってくるのです。

多くの人は「人生とは楽しむためにある」と考えます。しかし実際の社会生活は、その逆で「苦しいことばかり」です。毎朝、決まった時間に起きて混んだ通勤電車に乗り、そりの合わない上司の元で一日の大部分の時間を過ごしているのです。誰もが「生活に困らないだけの金があれば、こんな仕事は、すぐにでも止めたい」と考えているのではないでしょうか? しかし欲望の赴くまま、マンションや高級車をローンで買った結果、毎月の」支払いに追われているので現在の仕事を「止めようにも止められない」という方もいるでしょう。もし、その状態であっても「それでも自分は幸福である」と言うならば、それは一向に構わないことです。人がそう思っていることに他人が口出しするのは無用な事だからです。

それはそれとして、別の意見もあることは知っておいて損はありません。世の中には色々な価値観を持った人がいて、あなたと違う価値観を持っている人もいるのです。

物事は色々な角度から見た方が、その本質をつかみやすいことが多いものです。ですので、とりあえず「色々な意見」も聞いてみる価値はあると思います。

人間は幸福に鈍感であり不幸には敏感である。

(ショーペンハウエル)

例えば、体に何の問題もないことを人は幸福だとは感じません。しかし、どっか一カ所を蚊に刺されてしまうと一気に不幸を感じます。蚊に刺された場所は体全体から見たら0.0001%くらいでしょうが、その僅かな部分が不幸になってしまうと残りの99.9999%は何も問題は無いのに不幸を感じてしまうのです。全体割合からすれば、むしろ幸福が支配しているはずなのに、不幸を感じてしまうのです。

また酒飲みの人が糖尿病予備軍になり一日の酒量を半分に制限されたとします。すると、その人はこう考えます。「以前は好きなだけ飲めたのに。なんて俺はついてないんだ」

それがさらに進み一日の酒量を1/4に制限されたとします。すると、その人はこう考えます。「以前は少なくともコップ2杯は飲めたのに、もう1杯しか飲めない。なんて俺は不幸なんだ」さらに進み、酒を飲む事を厳禁されたとします。すると「以前は少しでも飲めたのに。ああ、あの頃はよかったなぁ」さらに進み、肝硬変でいよいよ臨終となると「死にたくない。まだ生きていたい。酒が飲めなくても良いから、生きていたい」

ちょっとした「例え」として挙げて見ましたが、いかに人間は「自分が今、持っている幸福に気が付いていないか」を表している、良い例だと思いませんか?

自分が住んでいる場所が紛争地帯となり、いつ自分も殺されるか分からない、とおびえている方が世界に沢山いるのに、日本人は自分がそうでないことを幸福には感じません。しかし明日の命をもしれない場所にいる方が、我々日本人の生活ぶりを見たら「なんて幸福な生活を送っている人達なんだ」と映るでしょう。

ショーペンハウエルいわく「時々、今、自分が持っている物が失われてしまったら、と想像してみると良い。そうすると今、自分が持っている物の真の価値が分るだろう」

足るを知る者は富む(老子)

よく解説文で「満足を知る人は貧しくても心は豊かである、という意味で、自分にとって必要なものや持っているものの大切さを知っている人は、貧しい生活をしていても精神的に豊かであるということである」と書かれています。

ここでも、「自分が持っているものの大切さを知る」という言葉が出てきます。わざわざ、こんな言葉を残さざるを得なかった、ということは「そうでない人が圧倒的に多いから」であるに違いありません。つまり無くても済むフェラーリなど、あなたの人生にさして重要な物ではないのです。というと必ず「そんなこといったって欲しいんだもん」という反応が必ずあります。実は、この言葉は「一連の文章の中の一節であり、前後があるのです。

人を知る者は智、自ら知る者は明なり。

人に勝つ者は力有り、自ら勝つ者は強し。

足るを知る者は富み、強(つと)めて行う者は志有り。

其の所を失わざる者は久し。死して而(しか)も亡びざる者は寿(いのちなが)し。

高校時代に漢文を勉強したはずですが、すっかり忘れてしまった私もあなたも、これでは理解しにくいので現代語に訳してみましょう。

他人を理解することは普通の知恵の働きだが、自分自身を理解することは優れた知恵の働きが必要である。力が有る者は他人に勝てるが、本当の強さが有る者は自分自身に勝つ。

満足することを知っている者は心が豊かであり、努力を続ける者はすでに志がある。

自分の本来の在り方を見失わない者は長生きをする。死んでもなお本来の自分を忘れない者が本当の長寿である。

この文章の中の「力が有る者は他人に勝てるが、本当の強さが有る者は自分自身に勝つ」という部分が重要で、本当の強さとは自分自身に打ち勝つことなのです。

つまり「そんなこといったって欲しいんだもん」というあなたは「自分自身に負けている」と老子は言いたいのです。のどが乾いたらビールやコーラやコーヒーが飲め、お腹がすいたら食事ができ、五体満足で命の危険を感じる事も無くベッドで寝る事が出来る私達は十分に幸せなのです。しかし大量生産、大量消費の時代を経験している私達は自分達の欲望を抑えることがしにくくなっており、また生産する側も「ほれほれ」と言わんばかりに私達の欲望を色々な形で刺激してきます。しかし自分に打ち勝つ強さを持つ人は、自分が生きるために必要な物以上を求める事はしないのだ、と老子は言うのです。

なぜなら「何かを得れば何かを失う」という自然科学における「エネルギー保存の法則」をそのまま社会科学化したような、この原理は何故か「絶対」だから、なのではないかと想像しますが、そこまでの言及はありません。

さて、こうなると「幸福になろう」というのは、そもそも、人は自分の幸福に鈍感である以上、手に入れても気が付かないので求めること自体が愚かなことになります。

また、あなたが考える「幸福になるための方法」は、あなたが自分に負けて抱いている単なる欲望にすぎないことが、ほとんどである、という結論になるかもしれません。

つまり「人間には幸福を享受する能力は無い」ということになってしまいそうですが、そうなのでしょうか? ではショーペンハウエル先生に再度、ご登場頂きましょう。

  • 最も幸福な人とは精神的にも肉体的にも、そう極端な激しい苦痛を知らずに一生を過ごす人であって最大級の激しい喜びや大きな享楽を授けられた人ではない。

喜びや享楽によって一生の幸福を計ろうとする人があれば、それは用いる物差を間違えたと言うべきである。

享楽はどこまでも消極的、否定的な物であり、享楽が人を幸福にするという考え方は嫉む心の抱く迷妄である。

これに反して苦痛は積極的、肯定的に感じられる物であり、従って苦痛の無い人生は人生の幸福を計る物差である。

  • 「幸福に生きる」という事は「あまり不幸でなく」すなわち我慢のなる程度に生きるという意味に解釈すべきである。もとより人生は本来、楽しむべき物ではなく克服し始末をつけるべきものなのである。
  • 苦痛の無い状態にあってしかも「退屈」がなければ、大体において地上の幸福を達成したものと見てよい。それ以外は全て「架空」だからだ。悲嘆の舞台である娑婆を歓楽境に変えようと考え享楽と喜びを目標にするのは、真にこの上ない「大間違い」なのだが、この「大間違い」をやっている人は実に多い。

引用:幸福論 第五章「一般的な見解と忠告」 アルツール・ショーペンハウアー

この中で注目すべきは「享楽が人を幸福にするという考え方は嫉む心の抱く迷妄である」という一文です。つまりランボルギーニを乗り回している人を見ると「いいなぁ!俺も欲しい!あれに乗れれば、きっと最高に幸福だろうなぁ」と思うことです。

ところが、あなたの目の前でランボルギーニに乗っている人は、ちっとも幸福ではないのです。実際に所有してみれば分かりますがランボルギーニほど金がかかり、しかも目立つ車はないからです。目立つ、ということは人の嫉みを買うことであり、決して周りの人はランボルギーニに乗っているから、という理由で、その人を尊敬したりはしません。

むしろ「お前の稼ぎで買える訳がないわ。親にたかるドラ息子が調子にのりおって」とか「うるさい車ねぇ。早くあっちに行ってくれないかしら」と思われていることが多いのです。「どうだ? すごいだろう」とばかりに見せびらかしていたら反発以外の反応は返ってこないのです。大金持ちが貧乏人に自分の財産を披露して「どうだ?すごいだろう」と自慢したら、貧乏人から、どういう反応が返ってくるか、位の想像は誰にでもできると思います。

最後に

ですので、今一度、考えてみましょう。自分にとっての幸福とは何か?

それを本当に理解し掴むことが出来る人は実は極く少数に過ぎないらしいことは、今、あなたの周りにいる沢山のお年寄りを見ていれば自然に分ると思います。物事には全て、本質というものがあり、それを理解するには多角的な視点が必要です。そして「幸福」という物の本質は、あなたが思っている物とは多分、違う物なのです。

こういった「見かけと本質が全然、違うことは、実によくある事」だ、ということを最後に付け加えさせて頂きたいと思います。

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